ロミオ伝説|にちゃんまとめ

2ちゃんねる-家庭板「ロミオメール」スレのまとめブログです。 また、世の中で起きた復縁にまつわる様々なエピソードも紹介しています。

    うつ病

    594 :ロミオ伝説|にちゃんまとめ 2017/09/25(月) 21:33:02 ID:cvH
    相談させて下さい、愚痴も混じってます、興奮していて分になっていないかも知れません。
    私が28歳、旦那が31歳です。
    私が大学に入ってしばらくして今の旦那と付き合い初めて卒業すると同時に結婚しました。
    しかし、結婚2年目で働いていた職場に疲れてしまいそのままうつ病になってしまいました。
    その時の記憶がほとんど残っていないのですが、旦那は毎日のように私の家に通ってお見舞いに来たりお風呂の介助などを色々してくれていたらしいです(実際、
    私の最初の記憶は旦那が私の手をさすってくれているところです)。
    結局完治までに2年かかったのですが、新しい仕事も見つかり落ち着いたと思うと今度は旦那がうつ病になってしまいました(多分旦那の負担が大きすぎたんだと思います)。
    ただ、旦那が私にしてくれたようにして上げられないどころか傷つけることしかできません。
    旦那がそうなってしまった事実を受け入れられず、本当にどうすればいいか分かりません。
    旦那の家に毎日いくなんて到底できませんし(義両親はとてもいい人です)、旦那が送ってきてくれるLineにも既読をつけるだけで返事も出来ません。
    そんな中、私の両親が「孫が見たい、今の旦那と離婚しろ」と迫ってきてそれにもつぶされそうです。この前の土曜日にもお見合いということで親が連れてきた男忄生とデートに連れて行かれました。
    仕事のほうもなんだかんだで忙しくなり本当に心が潰れそうです。京もがんばって旦那の家に久しぶりに行ったのですが、何故か謝られて慰められて旦那の前で号泣してしまいました。
    旦那と結婚当初のような生活が送りたいです。本当にどうすればいいか分かりません、助けて下さい。

    499 :ロミオ伝説|にちゃんまとめ 2008/10/19(日) 20:04:42
    初カキコっす。相談させてください。
    汚嫁と離婚を考えてるんですが、慰謝料とか養育費って、やっぱとられる
    もんですか?今までの経緯としては
    ちょっとギャンブルで借金を作った。
    仕事をしてない時期があった。
    嫁の身内から借金(けっこうデカイ)。
    寝たとこまではバレてない証拠のない浮氣数回。
    嫁がうつ病になって家事をまったくしなくなり、俺が仕事に出るのも
    困る始末。靴下とかYシャツはいつもない。
    今はうつ病も治ってるはずだと思うが、家の中は昔より少しマシに
    なった程度。これが4年も続いてる。
    俺の仕事は長時間労働だし、近日土曜出勤になりそうな状況です。
    離婚したいけど借金もあるし、汚嫁なんかに慰謝料を払いたくない。
    払う危険忄生はありますかね。

    33 :ロミオ伝説|にちゃんまとめ 2013/10/02(水) 03:28:47 i
    小学校低学年の頃、一ヶ月ほど母が家出したのが最大の修羅場。長文注意。

    両親は三つ下の弟が産まれてすぐ離婚しており、自分達は母に引き取られた。
    数年後に母は再婚。相手は某会社の設計士というエリート。母の為に海に近い新築の戸建を購入、おまけに養子縁組も快く組んでくれる、誰もが羨むような義父だった。

    しかしこの義父が地雷だった。
    リモコンや引き出しの中の小物の並べ方、フローリングを傷付けない歩き方、シャツのアイロンの掛け方などへの細かいダメ出しは日常茶飯事。
    義父は通勤に電車を使ってたんだが、残業が多く終電に間に合わないことも多々あった。その時は義父より朝早く起き、家事をしてから仕事に行かなければならない母親を夜中に電話で起こして迎えに来いと言う(所用時間は往復で2時間ちょい)。
    そんな深夜に晩飯を作れだとか、仕事の愚痴を聞けだとか、自分が寝るまで寝るなだとか、色々言われてたらしい。
    他にも子供はソファに座るなとか、障/害持ちの弟への接し方、子育てに対する意見の食い違いなど、義父と母は何かと衝突することが多くなった。
    怒鳴り合いは毎日聞くし、泣いている母の姿も何度か見たし、母と喧嘩したあとは自分達に八つ当たりしてくる義父が怖くて嫌いで仕方なかった。

    そんな生活が続き、やがて母は鬱病にかかり休職。家にいても何もやる気が起きず殆ど寝ている母。それに怒る義父。何も出来ない弟。
    自分はどうしたらいいか解らなかったし、誰かに相談も出来ず、ただ耐えてた。自分が泣いたら母も余計辛いだろうからと見えないところで泣いてた記憶がある。

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