認知症

    134 :ロミオ伝説|にちゃんまとめ 2009/03/20(金) 21:30:34 ID:A49Ib0Ke
    すみません、長くなりますが吐かせて下さい。分けて書きます。
    先日祖母が亡くなった。大往生の末老衰だったんだけど、最期は家族で看取りたいと決めて自宅介護をした。認知症があり寝たきりで、最期に近付くにつれ会話もままならなかった。

    十数年前に私が中高生の頃、家庭内不和に耐えられずに恥ずかしながらヤンチャしていた自分は、祖母の財布から頻繁に金を抜いていた。それに気付いた祖母が両親に「泥棒だ、金を抜かれている」と訴えた。
    でも今思えば両親は恐らく犯人が私であると気が付いていて、警察を呼ぶでもなく、だけど問い詰めもしなかった。

    祖母はそれから数年経って認知症になった。認知症にはよくある事かもしれないけど、しょっちゅう「金を取った奴は許さない、泥棒!」と幻覚を見ている様だった。
    私は改心して介護に励んだけれど、祖母が呆ける度に申し訳なさでやりきれなかった。

    853 :ロミオ伝説|にちゃんまとめ 2011/04/04(月) 00:23:56 0
    627はウチの親父かとオモタw

    ウチの父も母を思いやらず同居祖母の肩を持ってばかりで別居、離婚に至ったよ。

    認知症で何をするにもいちいち幼児みたいに駄々をこねてぐずる祖母相手に
    母は実の親でもないのに本当によくやってたと思う。
    時々キレることもあったけどやるべきことはやり、暴力とか理不尽ないびりは一切してなかった。
    父は父で積極的に祖母の介護をしていたけど母と一緒にというより
    母が仕事でいないときは父が、という感じで交代で面倒をみることが多かった。
    祖母は父にべったべたで「ひどい嫁だ」と母への不満をいつもこぼしていたらしい。
    父はそれを全部真に受けてた。
    祖母が父に「嫁(母)に嫌味言われた」といえば母の態度が悪い。
    母が父に「祖母に(ry」といえば親の悪口をいう性.格の悪い妻だ、となる。
    父のスタンスはいつも祖母側。

    しまいに母がノイローゼになって祖母の声を聞いただけで動機や吐き気がするようになっても
    「クリスマスに一人じゃかわいそうだから祖母も一緒に食事していい?」と。(父も母の症状は知ってた)
    (玄関から完全分離の2世帯だったんで食事は普段別にとってた)
    さすがに母がブチキレたら父は「そんなに嫌だと思わなかった」とさらりと言ったよ。

    394 :ロミオ伝説|にちゃんまとめ 2016/11/11(金) 22:02:10 ID:BN2
    ペット飼いの人注意

    放し飼いの大型犬が畑の作物を荒らす
    遠方大学に行った孫が帰って来た時に食べさせるのを楽しみにしていたおじいさんが畑の惨状を見て呆然
    周りも被害にあっていたので24するも「犬のしたことだから」で飼い主に注意だけ
    放し飼い禁止ルールを守らない、大型犬で人に恐怖を与えると言っても取り合わない
    そこに、件のおじいさんがショックで一気に認知になった
    他の畑住人の誰かが毒入り団子を畑内に放置
    次の日、犬がまた放し飼いにされ、団子を食べてあぼーん
    飼い主は半狂乱になって「お前らだろ!〇ろしてやる」と棒を振り回し、お持ち帰りされた

    犯人はそのじいさんの家の嫁と自分だ
    孫だけじゃなく、嫁もじいさんの作った野菜や果物が大好きだったし、じいさんも好きだったんだ
    自分はじいさんをボケさせた犬と飼い主に復讐したい嫁の気持ちに協力しただけ
    うちの畑も荒らされてたからね

    308 :ロミオ伝説|にちゃんまとめ 2018/05/29(火) 17:16:08 0.net
    これが修羅場というのかどうかわかんないけど書いてく。
    母のタヒ後、車椅子生活の祖母が老人ホームへ行かず、5年も家で粘ってたのが修羅場。
    父方祖母は母が亡くなる2年くらい前から車椅子生活だった。
    母が基本的に食事の世話や、部屋に置くトイレの糞尿の始末をしていた。
    週に何日かヘルパーさんが来てたけど、その時は入浴介助を手伝ってた。
    しかし、祖母の車椅子生活が始まって約2年後、母がタヒんだ。
    そうなると、日中祖母のことを見る人がいない。
    父はケアマネージャーさんと相談して、祖母を老人ホームへいれることにしたんだが、祖母がこれを嫌がった。
    「老人ホームは頭のおかしい人がいくところだ」っていうひどい偏見から。
    父が「認知症なんだからある意味自分も頭おかしい人じゃんね」って呆れてた。

    その後、ケアマネージャーとか往診に来てくれてた医師とか、いろんな人が説得したけどダメで諦めた。
    母が亡くなってからの5年はキツかった。
    夜、バイトから帰ってきたら玄関と廊下に焦げ臭い煙が蔓延してて、火事かと思ったら祖母が餅焼こうとして失敗したのが原因だったこともあった。
    祖母が車椅子から落下して倒れたままなんてことは数え切れないほどあった。
    トイレ詰まらせる、廊下に祖母の糞がおちていて、父が掃除しながらブチギレてたのも修羅場。
    5年後、認知症が進行して父や私と妹が誰なのか、自分はどこにいるのかもわからなくなってから、ようやく騙す形で老人ホームに入れられたよ。
    5年間、父、私、妹がの日常が修羅場だった話。

    286 :ロミオ伝説|にちゃんまとめ 2009/01/11(日) 16:53:37 0
    私(長女娘)の叔父(長男と次男)の話。
    母親がボケたので当時同居していた長男はすぐに病院に入院させた。
    以前長男の祖母がボケ、自宅介護をしてたんだがそれが原因で
    先妻と離婚したこともあり自宅介護は無理とわかってたから。
    病院に入院させたものの長男は激務の人で自宅に帰るのも2、3日に
    一度程度の人。
    そんなにしょっちゅう病院に行けなかった。
    次男は自営でたまたま病院が家から近かったのもあり毎日顔を出していた。
    次男は「長男は母親を見捨てた!」とはっちゃけ私の母らが止めるのも聞かず
    勝手に退院させ自宅介護させる事に。
    夜中に歩き回る・うんこを壁になすりつける・泥団子食うと日々大変な事に。
    そんな状況になれば次男嫁もピリピリしだし長女が見舞いに行っても
    勿論いい顔されないどころか罵倒or無視状態。
    そうこうしてる内にだーれも母親に会いに来る人がいなくなってしまい
    次男ますます「母親が捨てられた」と大暴れ。

    904 :ロミオ伝説|にちゃんまとめ 2017/02/11(土) 09:15:28 ID:3GS
    まだ大学生の携帯所持率が七割くらいだったころ
    我が家は同居の祖父の借金を親が肩代わりしてたので携帯なんて贅沢品は持てず、就活の連絡は全部家電だった

    大学の成績も良かったし、大学側からもこんだけ頑張ってきて成果も残せるんだから就職も大丈夫と太鼓判を押されてた
    実際大学推薦ももらった
    でもどれだけ頑張っても電話が鳴らなかった
    親に聞いても誰も知らないという
    時間ばかりがたって、周りは皆就職決めていく中、私だけ決まらなかった

    あるとき大学から呼び出された
    大学で推薦出した企業との約束を連絡もなくキャンセルするとはどういうことだと
    驚いたし連絡なんて何もないと伝えたら、大学側も事情を調べてくれた
    結果、企業は家に連絡を入れていたが、それを祖父がとり、丁寧に対応し、そのまま祖父の手で握りつぶされていた

    平日は親は働きに出て私は大学と就活に走り回ってるんだけど、その間祖父は電話の前で正座して電話がなるのをずっと待っていた
    鳴るとワンコールで出ていたため、登録していた留守録に切り替わらなかったようだ
    祖父は働いてたときの名残でものすごく丁寧に受け答えしていた(あとから音声データをもらった)
    そして電話を切った瞬間、誰から電話が来たのか、なんの内容だったのか、すっかり忘れていた
    親もお金関連でやられて損害を出していた
    調べるのに時間がかかり、全て水の泡になってからわかったことだった
    祖父の認知症の始まりだった
    電話に出たときだけ仕事の癖がでてテキパキ対応できたらしい
    医者から借金も認知症で騙されてつくったものかもしれないと言われた
    でもどうにもならなかった
    それからは自分の就活より、昼間祖父を一人にしておけない!と祖父の介護が始まり
    電話を使わなくなった途端認知症がどんどん進行
    気づいたら30歳の深夜のコンビニアルバイター正社員の職歴なしのゴミクズに成り果てていた
    そこから抜け出せず今祖父の介護しながらワープアしてます
    どこで人生まちがったのかな

    このページのトップヘ